東京高等裁判所 昭和34年(う)2604号 判決
被告人 桜井成洙
〔抄 録〕
所論はいずれも、要するに、原判示第二の強盗殺人の点について、被告人は無罪であると言い、本人はその事実無根を、また弁護人はこれを認むべき明確な証拠を欠くと主張し、とくに被告人本人は、第一、本事件発生前後の自己の行動について、被告人は当夜は午前一時過ごろ、都内麻布六本木まで客を乗せて行つた際、所属会社の同僚鴇田勇の車と出会い、同人と後刻浅草の喫茶店で落ち合うことを約した後、新らしい客を世田谷の若林まで運び、それから約束の場所で喫茶を共にしてから鴇田と一緒に会社に帰り終業にしたのが午前二時半ごろで、そのまま夜明けまで同所で寝に就いたものであること、なおまた本件被害者の車が当夜午前二時四十分ごろ言問橋きわで警察の検問を受けた事実があるのであるが、被告人は前述のように午前二時半ごろすでに終業して会社に帰つていたのであるから、本件犯行を行うはずがないということ、第二、警察官に対する被告人の供述は拷問強要によるものであり、録音はそれをかくれてとつたものでこれを認めることができないこと、また検察官の調書は常に夜間警察署で作られたもので、中には夜間十時半ごろ寝ているところを起こされて十一時半ごろまでとられたものもあること、第三、現場の目撃者である伊藤三武郎の証言は、尋問のたびことに現場を目撃した時間の点などがくいちがい、また被告人の着衣について事実と合わない観察を含み、原審における検証の結果に徴してもそのでたらめであることは明らかであること、第四、被告人が所持した拳銃について、加藤志律ゑにこれが保管を依頼したのは、別に深い意味はなく単に拳銃所持者は重罪になると思つたからであること、右拳銃は本事件発生二ケ月ぐらい前から故障を生じ発射不能であつたこと、またその弾丸は押収された当時あつた五発以外は所持していなかつたこと、第五、当時被告人は生活の余裕こそなかつたが、月に三万円以上の正規の収入のほか、いわゆるエントツによる不正収入が一万五千円ぐらい加つてその日暮らしには心配なく、当日使い過ぎて会社へ納入すべき売上金が不足したこともなく、たとえ一時納入金を使いこんだとしても借りの伝票にすることができる制度もあり、また多くの借金があつたけれども、早急に支払わなければならないものなどなく、そのために犯罪を犯さなければならないような理由はなかつたことなどの諸点を指摘し、また弁護人は、第一、被告人が所持した拳銃について、鑑定書によれば、本件被害者の体内から摘出した弾丸の破片は右拳銃から発射されたものと認められるとし、また右拳銃と前記弾片とは一致する特徴点が多く見受けられるとされているけれども、戦後同種の拳銃が世上に相当あつたことと推定されるから、他に犯人がいて被告人所持の拳銃と番号相接近した同種拳銃で本件犯罪を敢行したかも知れず、前記鑑定の結論だけで被告人を犯人と断定することは許されないこと、さらにまた右鑑定書によれば前記拳銃について近い過去に発射された形跡を認めることあるが、被告人は以前一度試射した事実があるから、右の近い過去と以前の過去と科学上どれほどの反応差異があるかその立証がない以上、絶対の証拠力があるかどうか疑問の余地があること、第二、目撃者伊藤証人の証言には、警察で述べたことと公判廷で述べたこととの間にいくつかくいちがいの点があり、公判廷における被告人との対質を見るに同証人の答弁は明朗を欠きあいまいの点少からず、これを検証の結果に徴すれば符合しない点もあつて、その信憑性に乏しいと認めざるを得ないこと、第三、被告人の警察官ならびに検察官に対する各供述調書について、その警察官に対する供述は拷問強要によるもので任意の自白ではない、公判廷で被告人と対質しこれを否定した鈴木警部の供述はあいまい、独断、詭弁を弄しているところが少くないこと、また検察官の調書は警察での拷問による取調の直後にとられたものであるから同様の供述をしているに過ぎないこと、その他の諸点を列挙し、それぞれ原判決が事実の認定を誤つたものであるとするのである。
しかし、記録を精査するに、原判決の挙示する各証拠を総合すれば、被告人が原判示第二のとおり強盗殺人の犯罪を犯した事実を認めるに十分である。そもそも記録について本件捜査の端緒および経過を見るに、当初警察官の聞込み捜査により山口国雄なる者がかつて拳銃を所持していた事実が発覚し、次いで同人の口から、右拳銃はそのころ知人である被告人から売却を頼まれて所持していたが、その後売却することができなかつたため、やがてこれを被告人に返却したものであることが判明するとともに、被告人を取り調べたところ、被告人は本事件発生の数日後右拳銃および実包五発を知人の加藤志律ゑに預けた事実を供述し、警察当局が右加藤方を捜索した結果、同家のタンスのひきだしの中に外部から見えないように前記拳銃および実包が隠匿されてあつたのを発見した。そこで右拳銃および実包と本件被害者の体内から摘出された弾片とを資料として警視庁科学捜査所の技師らに鑑定を依嘱したところ、前記弾片は右拳銃から発射されたものと認める旨ならびに右拳銃は近い過去において弾丸を発射した形跡を認める旨の結果が出たのである(この点について、後に公判廷において、裁判所からあらためて東京大学の磯部教授に鑑定を命じたところ、本件の拳銃のほか、これと同一製造所で製造した同形式の拳銃二丁を加えて、各三発ずつ試射の実験を行い、各試射弾と本件弾片の各腔綫痕を比較顕微鏡により比較対照した結果、被告人の所持した拳銃により発射された試射弾三個と前記弾片とに相互に一致する特徴が認められ、したがつて右弾片は右拳銃以外の拳銃から発射されたものではないらしく見受けられる旨の鑑定がなされ、表現に若干の差はみられるが、前掲警視庁科学捜査所技師らの鑑定の結果は、ここにほゞ再確認されたわけである)。しかも本事件発生当時被告人が右拳銃および実包を自身所持しており他に貸与した事実のないことは、被告人の認めて争わないところであるから、以上の事実は、被告人が本件の犯人であることを疑わしめる有力な証拠と目されるにいたつた次第である。(前記鑑定の結果に徴し、かつ以上の事実のみによつて被告人を本件の犯人と断定するわけではなく、単に右断定を導くについて有力な一資料となすにとどまるかぎりにおいて、この点に関する弁護人の主張は理由がないばかりでなく、右拳銃が当時故障により発射不能であつたとする被告人の所論もいわれなく、またこの点に関するその余の被告人の所論も、原審公判廷における永井春雄の証言ならびに証人加藤志律ゑの供述および同人の捜査官に対する供述調書にれば、いずれもこれを採用しがたいことはいうまでもないであろう)。しかして以上の事実に加えるに、記録によれば、本件においては、犯行が行われた当時現場にあつてこれを目撃した者がいたのであつて、右目撃者たるタクシー運転者伊藤三武郎の原審公判廷における証言によれば、当時同人はたまたま自動車を運転して同所を通りかかり、情況上本件の犯人と目さるべき者を身近かに観察する機会を得たのであるが、右目撃した犯人は、その横顔、背恰好等において本件の被告人ときわめてよく似ていたという事実が認められるのである。(同人の証言は、これを捜査ならびに公判の各段階を通じ、時間の点その他細部につていて検討すれば、もとより所論のように若干のくいちがい、あいまいな点がみられないではないが、これは目撃当時の観察行動が瞬間の事に属する性質、日時の経過による記憶の喪失等により、免れがたい弱点に過ぎず、原審公判において裁判所が現場検証を実施し、とくに犯行当時と同じ夜間の時刻を選び当時の状況にできるかぎり近い状態を再現して実験した結果によれば、右証言中少くとも骨子をなす被告人の横顔等を認識した部分は、これを信ずるに足るものであることを理解するに十分である。右証言の信憑性を否定する所論は理由がない。)その他、さらに原審公判廷における証人永井春雄の供述等によれば、被告人は本件事件発生前にもその所持する前記拳銃を使用していわゆる銀行強盗を働くべきことを計画しその協力を右永井らに求めたが承諾を得ずして未遂に終つた事実が認められるし、また被告人は否定するけれども、当時被告人が、多くの借財をかかえ、妻の病気入院等のこともあつて、その日暮らしの生活も苦しく、金銭に窮していたことは記録上明らかであり、ことに原判示にあるとおり、本事件のあつた前日、家に金がないため、被告人の長男がわざわざ勤務中の被告人と途中で待合せ、稼ぎの中から五百円の金をもらい受けるような状態であつたことは、右長男貞義の原審公判廷における証言によつても認められるところであるから、被告人の性行、犯罪の動機等の点についても、被告人は本件犯罪を犯すに十分可能な要素を有していたことは疑う余地がない。以上各事実を総合して考えると、被告人の自白はこれを別としても、被告人を本件の犯人として断罪するに足るほどんと十分に近い情況上の証拠が具わつているともいうことができるのである。しかるにそれにとどまらず、記録によれば、被告人は警察官に対して比較的容易に自白をなし、検察官に対してもこれを維持しているのであつて、所論は右自白は拷問強要等によるもので任意の自白でないと主張するのであるが、原判決もとくに説明を加えているとおり、原審公判廷における証人鈴木政吉の証言その他記録上うかがわれる本件捜査の端緒および経過についての情況、右自白にあらわれた犯行前後の行動等が具体的に詳細をきわめ、しかもそれらの主要な点が関係者の証言等により認められる客観的事実にほぼ符合していることなどに照らして考えると、十分任意性が看取されるばかりでなく、その真実性もこれを認めるに十分である。なお、被告人主張のアリバイの点については、当審において、被告人側の申請により、とくに証人鴇田勇を喚問したが、被告人の誘導的尋問があつたにもかかわらず、結局記憶がないということで、所論にそうような事実を認めることはできなかつたし、また本件被害者の車が当夜午前二時四十分ごろ言問橋きわで警察の検問を受けたとの事実はこれを認むべき証拠がなく、被告人が当夜会社に帰り終業にしたのが午前二時半ごろであつてこのことは当時運転日報にも明記されているというけれども、右運転日報は被告人の記載したものであるばかりでなく、そもそも時刻に関しては、必ずしも関係者が当時正確な時計によつて認識し、適確にその記憶を維持していたとは認められないから、若干のくいちがいは当然認容しなければならないものであつて、結局本件において、被告人が犯行時現場にいなかつたことが証拠上明白であるとは決して言えない。
(兼平 足立 関谷)